大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)426号 判決

原告(反訴被告)

井上孝司

被告(反訴原告)

大川忠

主文

一  被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し金一三万九六〇八円及びこれに対する昭和五六年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し金三万二一五一円及びこれに対する昭和五六年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)のその余の本訴請求及び被告(反訴原告)のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴及び反訴を通じて、これを一〇分し、その三を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

五  この判決の第一、二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  被告(反訴原告、以下、単に「被告」という。)は原告(反訴被告、以下、単に「原告」という。)に対し金四三万六五〇〇円及びこれに対する昭和五六年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  本訴訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  本訴請求の趣旨に対する被告の答弁

1  原告の本訴請求を棄却する。

2  本訴訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は被告に対し金一〇万七一七〇円及びこれに対する昭和五六年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  反訴訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行宣言

四  反訴請求の趣旨に対する原告の答弁

1  被告の反訴請求を棄却する。

2  反訴訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴

1  請求原因

(一) (事故発生)

(1) 発生日時 昭和五五年一月八日午後八時一〇分頃

(2) 発生場所 福岡市西区大字重留五〇〇番地の一先国道二六三号線路上

(3) 加害車両 自動二輪車(福岡み三一一六)(以下、「原告車」という。)

右運転者 被告

(4) 被害車両 普通乗用自動車(福岡五七る八二〇四)(以下、「被告車」という。)

右運転者 原告

(5) 事故態様 原告が原告車を運転して、国道二六三号線を野芥方面から重留方面に向つて進行し、所用のため同所にあつたカナデイアンコーヒーシヨツプ早良店に入るべく右折中、後方から進行してきた被告車が原告車の後部に激突した。

(二) (責任原因)

被告は、無免許で、制限時速四〇キロメートルのところを時速一〇〇キロメートル以上の速度で進行し、技術未熟のためハンドル操作を誤り、中央線を越えて進行したうえ、本件事故現場が見通しのよい平坦な直線であり、このような道路を進行するに際しては、先行車両の動向に注視して進行すべき義務があるにも拘らず、その義務を怠たり、進行した過失により、右折中の原告車後部に激突して、本件事故を発生させた。

よつて、被告は、原告に対し、民法七〇九条により、原告の受けた損害を賠償すべき責任がある。

(三) (損害)

(1) 修理費用 金二八万六五〇〇円

原告車は、後部フロントドアーその他二十数か所に及ぶ損傷を受け、その修理費用として金二八万六五〇〇円を要した。

(2) 逸失利益 金一五万円

原告は、当時、山義土木有限会社のダンプカーの運転手として勤務し、毎月金一五万円の給与を得ていたが、本件事故のため同年四月一七日より五月一七日まで自動車運転免許停止の処分を受けたので、運転手として勤務することができず、一か月金一五万円の得べかりし利益を失つた。

(四) よつて、原告は、被告に対し、右損害金四三万六五〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被告の認否

(一) 請求原因(一)の事実中、原告が所用のためコーヒーシヨツプに入ろうとした事実は知らない。原告車の後部に激突した事実は否認する。その余の事実は認める。

(二) 同(二)の事実中、被告が前方注視の義務を怠たり、時速一〇〇キロメートル以上の速度で進行して運転を誤つた事実は否認する。その余の事実は認める。

(三) 同(三)の事実は知らない。

3  抗弁

本件事故は、被告の一方的過失により生じたものでなく、被告が前記日時場所において、野芥方面から入部方面へ向けて時速五五キロメートルで進行中、原告車との距離が約二四メートルに接近したところで、原告が後続車線上の車の有無を確認せず、右折の合図もすることなく、突然右折を開始したため、被告が直ちにハンドルを右に転把し急制動の措置をとつたが及ばず、原告車の右横に追突した。従つて、被告に責任があるとしても、その賠償額を算定するについては、原告の右過失を斟酌すべきである。

3  抗弁に対する原告の答弁

抗弁事実は否認する。

二  反訴

1  請求原因

(一)(事故発生)

(1) 本件事故発生の日時、場所、原被告車とその運転者は、本訴請求原因1(一)(1)ないし(4)と同じである。

(2) 事故態様は、本訴抗弁と同じである。

(二)(責任原因)

本件事故が原告の過失により発生したことは、本訴抗弁のとおりである。原告は、右折を開始するに際し、後方の安全を確認のうえ、右折の合図をなして右折すべき義務があるにも拘らず、これを怠つた過失がある。よつて、原告は、被告に対し、民法七〇九条により、被告の受けた損害を賠償すべき責任がある。

(三)(損害)

被告車は、本件事故により、ハンドル、前照燈、フロントフエンダー等を破損し、金一〇万七一七〇円の損害を受けた。

よつて、原告は、被告に対し、右損害金一〇万七一七〇円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和五六年一〇月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する原告の認否

(一) 請求原因(一)(1)の事実は認める。同(一)(2)の事実中、原告車が右折の合図をしなかつたこと、被告車が原告車の右横に衝突した事実は否認するが、その余の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実は知らない。

3  抗弁

本件事故の発生原因は、本訴請求原因で主張したとおりである。右事故は、被告の一方的過失によつて生じたものであつて、原告には何らの過失もないのであるが、仮に原告にも責任があるとしても、その賠償額の算定につき被告の右過失を斟酌すべきである。

4  抗弁に対する被告の答弁

抗弁事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  本訴請求原因1(一)(1)ないし(4)及び反訴請求原因1(一)(1)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、右事故の態様及び責任について検討する。

1  本訴請求原因(一)(5)の事実のうち原告が所用のためコーヒーシヨツプに入ろうとした事実及び原告車の後部に激突した事実を除くその余の事実、同(二)の事実のうち被告が前方注視の義務を怠たり、時速一〇〇キロメートル以上の速度で進行して運転を誤つた事実を除くその余の事実、反訴請求原因(一)(2)の事実のうち原告車が右折の合図をしなかつたこと及び被告車が原告車の右横に衝突した事実を除くその余の事実は、いずれも当事者間に争いがない。右事実に、成立に争いのない甲第一号証の一ないし九、一一、一五、一七ないし一九、原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認定することができる。

(一)  本件事故地点は、交通量が比較的多い国道二六三号線上で、夜間のため暗かつたとはいえ、アスフアルト舗装された平坦な見とおしのよい直線の道路であつて、付近における右道路の制限速度は時速四〇キロメートルであつた。

(二)  被告は、無免許であるにもかかわらず、被告車を運転して、右二六三号線を野芥方面から入部方面へ向けて南進し、右事故現場付近に差し掛つた時は、制限速度を越える時速六〇キロメートル前後の速度で走行していた。被告は、約二四メートルに迫つてはじめて原告車に気付き、あわてて急制動の措置を施したが、運転技術未熟のうえ、前記速度を出していたため、適切な回避措置をとりえず、ハンドル操作を誤り、中央線を越えて、右折中の原告車の右横に衝突した。

(三)  一方原告は、被告車に先行し、右二六三号線を野芥方面から重留方面へ向け進行中、右事故現場付近の路上に一旦停車した後、所用のため同所のカナデイアンコーヒーシヨツプ早良店に入るべく右折を開始した。その際、原告が後続の被告車の存在及びその動向に十分な注意を払わず右折を開始したため、被告車は、突然、進路前方を遮る原告車を避けることができなかつた。

2  甲第一号証の八の記載及び原告本人尋問の結果中、原告が右折にあたり右折の合図をしたとの部分は、前掲のその余の証拠と対比して、これだけでそのとおり認定するには十分でない。仮に右折の合図をしたとしても、また甲第一号証の八の記載及び原告本人尋問の結果中、原告が被告車の動向を確認したとの部分があり、これに従うとしても、前記認定の事故態様から見て、それは、適切なものでなかつたといわざるをえない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  右認定事実によれば、本件事故は、被告が前方注視義務を怠たるとともに、適切なハンドル操作を誤つた点に基因するものであることが明らかであるから、被告の過失責任は到底免れないところである。一方、原告も、右折をなすにあたつて、後続車両の有無を確かめ、その動向に注意して右折の合図をしたうえで右折すべき義務があるにもかかわらず、その義務を怠たり、右折を開始した点において本件事故発生の一半の原因をなしたものというべきである。従つて、原被告は、それぞれ、民法七〇九条により、相手方に生じた損害を賠償しなければならない。なお、双方の過失を対比すると、被告が一〇分の七、原告が一〇分の三の割合とみるのが相当である。

三  そこで、原告の受けた損害について検討する。

1  修理費用

証人堤一夫の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、二、同第三号証によれば、原告が本件事故により原告車の修理費用として金二八万六五〇〇円を支出したことが認められる。しかし、同証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一号証の一〇によれば、右修理代金は全塗装を施した額を含むものであり、破損した部分の塗装に止めるならば全塗装に比べて二〇パーセント程度ですむから金一九万九四四〇円で足りたこと、原告が家庭裁判所へ提出した損害額も同額であつたことが認められる。そこで、損害額として全塗装費用が含まれるかどうかを考えるに、自動車の塗装には防錆及び美観の保持という二つの作用があるものと解されるところ、部分塗装が全部塗装に比べ、程度において光沢、耐久性に差異があるとしても、右両作用を有する点において差異がなく、今日の塗装技術の進歩からみれば、部分塗装が一見して美観を害する結果となるものとは考えられず、本件事故による損害は、原則として破損部分の塗装に要する費用に限られると解するのを相当とし、本件のごとく全体の二〇パーセント程度の部分塗装で足りるものについては、例外としての全塗装によるべき場合にあたらないというべきである。もつとも、原告本人は、全塗装をなすにあたつて、被告の承諾があつたと供述するが、これだけで右事実を認めるに十分でない。

よつて、部分塗装による金一九万九四四〇円を本件事故による損害として認めるのが相当である。

2  逸失利益

原告本人尋問の結果によれば、原告が当時山義土木有限会社に勤務し、毎月金一五万円の給与を得ていたこと、本件事故のため自動車運転免許停止処分を受け、右会社に運転手として勤務することができなくなつた事実を認めることができる。

しかし、原告が休業せざるをえなくなつたのは、専ら、免許停止という行政処分に原因があり、右処分は、原告自らの行為の結果によるものであつて、これを被告の行為に転嫁させうる根拠がないこというまでもない。

従つて、原告主張の逸失利益は、本件事故と相当因果関係に立つ損害とはいえず、その主張は理由がない。

3  以上のとおり、原告の損害額は金一九万九四四〇円となるところ、本件事故について原告の過失割合が一〇分の三と見るべきことは前記のとおりであるから、原告の本訴請求は、金一三万九六〇八円の限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却すべきである。

四  次に、被告の受けた損害について検討する。

証人馬男木清孝の証言とこれにより真正に成立したものと認められる乙第一ないし第三号証、成立に争いのない甲第一号証の一四によれば、本件事故により、被告車は、ハンドル、前照燈、フロントフエンダー等を破損し、その修理費用として金一〇万七一七〇円を要したことが認められる。被告は、右損害を受けたことになる。しかし、本件事故については被告の過失割合が一〇分の七であること前記のとおりであるから、被告の反訴請求は、金三万二一五一円の限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべきである。

五  よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富田郁郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例